運河をスルー

tbc_fes2015

何しろ、昨夜ツイッターで「女川さいがいFM」のつぶやきで東北で地震があった事を知り、そして津波の心配はありません、というつぶやきでホッとしたけれど、これが先週の、つまり自分が女川に泊まっている時だとしたら、震度4ぐらいの揺れでも怖くて怖くて仕方なかっただろうなぁとフト思う。

東京の守られた所に住んでいる身からすると、海辺に住むのはノーヘルで大型バイクで走り続けるようなむき身の印象であり、それを補ってあまりある魅力と充実が故郷にあるとしても(合理主義者としての代表格の東京人からしてみると)理解するのは難しいです。

もっと言えば、10年以上前に東京ゼロメートル地帯のすぐ隣の運河沿いに、とても魅力的な不動産物件があり、購入しようかどうかを真剣に悩んだ。足繁く通い、現場を見る。平日の昼と夜、週末の昼と夜。騒音は? 環境は? 色々調べてみた。ボーッとその運河を見ながら缶ジュースを飲んで「そこにいて」みたりして、雰囲気を体で感じようと。まぁ不動産って大きな買い物なので、買う前に何度も行かないとね。

あ、それでいうと、マンションの一室を借りる場合、アパートの一室を借りる場合、自分のお勧めは「内見」は勿論のこと、中に入って、「座ってみる」ということをお勧めします。座ってみると「なんだか違うなぁ」と感じる場合もあるのよ。座って見える窓の外の景色の方が大切だったりするのよ。閑話休題。

結局その、運河の近くの物件は見送りましたけれど、それはやはり「運河が目の前だから」ということ。

・地盤
・地震
・床下浸水

そういう事を考えて、水が見えるという快適さとヒーリング効果をプラス要素と考えても、「かけられる保険」の種類と対応を考えるとリスクが大きすぎて僕には買えなかった。買うとしたらその辺りを覚悟して買うのだろうけれど、僕には出来なかったですね。人生でそうそう引っ越しなんかしたくないし、家族が子供ができるとその辺りストレスが人数倍されるしね。

これって、物件に入れあげない、物件に惚れすぎない、という不動産購入においてあるべき冷静さがあって導かれた結論だったけど、そういう極めて合理主義的なモノの考え方をしてしまう自分からすると、それが故郷であっても「一度起きたのだからまた起きるかもしれない」という想像に難くない事を踏まえて、またそこに戻りたいと思われ続けている「生まれ故郷=ふるさと」というものは凄いなぁと思うし、そのフルサトってものに嫉妬さえするのであります。でも、焼き餅妬くのはフルサトであってフットサルじゃないよ。←聞いてない。

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